へ急いだ。山里に住むものは、すこし変わったことでも見たり聞いたりすると、すぐそれを何かの暗示に結びつけた。
 三日がかりで村じゅうのものが引き合った伊勢木を落合川の方へ流したあとになっても、まだ御利生《ごりしょう》は見えなかった。峠のものは熊野《くまの》大権現《だいごんげん》に、荒町のものは愛宕山《あたごやま》に、いずれも百八の松明《たいまつ》をとぼして、思い思いの祈願をこめる。宿内では二組に分かれてのお日待《ひまち》も始まる。雨乞いの祈祷《きとう》、それに水の拝借と言って、村からは諏訪《すわ》大社《たいしゃ》へ二人の代参までも送った。神前へのお初穂料《はつほりょう》として金百|疋《ぴき》、道中の路用として一人《ひとり》につき一|分《ぶ》二|朱《しゅ》ずつ、百六十軒の村じゅうのものが十九文ずつ出し合ってそれを分担した。
 東海道|浦賀《うらが》の宿《しゅく》、久里《くり》が浜《はま》の沖合いに、黒船のおびただしく現われたといううわさが伝わって来たのも、村ではこの雨乞いの最中である。
 問屋の九太夫がまずそれを彦根《ひこね》の早飛脚《はやびきゃく》から聞きつけて、吉左衛門にも告げ、金兵衛
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