引き合いはじめた。
「よいよ。よいよ。」
互いに競い合う村の人たちの声は、荒町のはずれから馬籠の中央にある高札場《こうさつば》あたりまで響けた。こうなると、庄屋としての吉左衛門も骨が折れる。金兵衛は自分から進んで神木の樅を寄付した関係もあり、夕飯のしたくもそこそこにまた馬籠の町内のものを引き連れて行って見ると、伊勢木はずっと新茶屋の方まで荒町の百姓の力に引かれて行く。それを取り戻そうとして、三《み》つや表《おもて》から畳石《たたみいし》の辺で双方のもみ合いが始まる。とうとうその晩は伊勢木を荒町に止めて置いて、一同疲れて家に帰ったころは一番|鶏《どり》が鳴いた。
「どうもことしは年回りがよくない。」
「そう言えば、正月のはじめから不思議なこともありましたよ。正月の三日の晩です、この山の東の方から光ったものが出て、それが西南《にしみなみ》の方角へ飛んだといいます。見たものは皆驚いたそうですよ。馬籠《まごめ》ばかりじゃない、妻籠《つまご》でも、山口でも、中津川でも見たものがある。」
吉左衛門と金兵衛とは二人《ふたり》でこんな話をして、伊勢木の始末をするために、村民の集まっているところ
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