船上陸の地点に近いところまで動いて見たことであった。
 その時になると、半蔵は浦賀に近いこの公郷村の旧家に身を置いて、あの追分《おいわけ》の名主《なぬし》文太夫《ぶんだゆう》から見せてもらって来た手紙も、両国十一屋の隠居から聞いた話も、すべてそれを胸にまとめて見ることができた。江戸から踏んで来た松並樹《まつなみき》の続いた砂の多い街道は、三年前|丑年《うしどし》の六月にアメリカのペリイが初めての着船を伝えたころ、早飛脚の織るように往来したところだ。当時|木曾路《きそじ》を通過した尾張《おわり》藩の家中、続いて彦根《ひこね》の家中などがおびただしい同勢で山の上を急いだのも、この海岸一帯の持ち場持ち場を堅めるため、あるいは浦賀の現場へ駆けつけるためであったのだ。
 そういう半蔵はここまで旅を一緒にして来た寿平次にたんとお礼を言ってもよかった。もし寿平次の誘ってくれることがなかったら、容易にはこんな機会は得られなかったかもしれない。供の佐吉にも感謝していい。雨の日も風の日も長い道中を一緒にして、影の形に添うように何くれと主人の身をいたわりながら、ここまでやって来たのも佐吉だ。おかげと半蔵は平
前へ 次へ
全473ページ中198ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング