と》から鎧《よろい》の渡しの方を望んで見た時。目に入るかぎり無数の町家がたて込んでいて、高い火見櫓《ひのみやぐら》、並んだ軒、深い暖簾《のれん》から、いたるところの河岸《かし》に連なり続く土蔵の壁まで――そこからまとまって来る色彩の黒と白との調和も江戸らしかった。
 しかし、世は封建時代だ。江戸大城の関門とも言うべき十五、六の見附《みつけ》をめぐりにめぐる内濠《うちぼり》はこの都会にある橋々の下へ流れ続いて来ている。その外廓《そとがわ》にはさらに十か所の関門を設けた外濠《そとぼり》がめぐらしてある。どれほどの家族を養い、どれほどの土地の面積を占め、どれほどの庭園と樹木とをもつかと思われるような、諸国大小の大名屋敷が要所要所に配置されてある。どこに親藩の屋敷を置き、どこに外様大名《とざまだいみょう》の屋敷を置くかというような意匠の用心深さは、日本国の縮図を見る趣もある。言って見れば、ここは大きな関所だ。町の角《かど》には必ず木戸があり、木戸のそばには番人の小屋がある。あの木曾街道の関所の方では、そこにいる役人が一切の通行者を監視するばかりでなく、役人同志が互いに監視し合っていた。どうかす
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