て見た。それもわずかに江戸の東北にあたる一つの小さな区域というにとどまる。
 数日の滞在の後には、半蔵も佐吉を供に連れて山下町の方に平田家を訪問し、持参した誓詞のほかに、酒魚料、扇子《せんす》壱箱を差し出したところ、先方でも快く祝い納めてくれた。平田家では、彼の名を誓詞帳(平田門人の台帳)に書き入れ、先師没後の門人となったと心得よと言って、束脩《そくしゅう》も篤胤|大人《うし》の霊前に供えた。彼は日ごろ敬慕する鉄胤《かねたね》から、以来懇意にするように、学事にも出精するようにと言われて帰って来たが、その間に寿平次は猿若町《さるわかちょう》の芝居見物などに出かけて行った。そのころになると、二人《ふたり》はあちこちと見て回った町々の知識から、八百八町《はっぴゃくやちょう》から成るというこの大きな都会の広がりをいくらかうかがい知ることができた。町中にある七つの橋を左右に見渡すことのできる一石橋《いちこくばし》の上に立って見た時。国への江戸|土産《みやげ》に、元結《もとゆい》、油、楊枝《ようじ》の類《たぐい》を求めるなら、親父橋《おやじばし》まで行けと十一屋の隠居に教えられて、あの橋の畔《たも
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