として生くべき道を求めていた彼には、そうした方面のうわさにも心をひかれた。それにもまして彼の注意をひいたのは、幕府で設けた蕃書調所《ばんしょしらべしょ》なぞのすでに開かれていると聞くことだった。箕作阮甫《みつくりげんぽ》、杉田成卿《すぎたせいけい》なぞの蘭《らん》学者を中心に、諸人所蔵の蕃書の翻訳がそこで始まっていた。
この江戸へ出て来て見ると、日に日に外国の勢力の延びて来ていることは半蔵なぞの想像以上である。その年の八月には三隻の英艦までが長崎にはいったことの報知《しらせ》も伝わっている。品川沖《しながわおき》には御台場《おだいば》が築かれて、多くの人の心に海防の念をよび起こしたとも聞く。外国|御用掛《ごようがかり》の交代に、江戸城を中心にした交易大評定のうわさに、震災後めぐって来た一周年を迎えた江戸の市民は毎日のように何かの出来事を待ち受けるかのようでもある。
両国へ着いた翌日、半蔵は寿平次と二人で十一屋の二階にいて、遠く町の空に響いて来る大砲調練の音なぞをききながら、旅に疲れたからだを休めていた。佐吉も階下《した》で別の部屋《へや》に休んでいた。同郷と聞いてはなつかしいと言っ
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