つ毛付《けづ》け(馬市)も近づき、各村の駒改《こまあらた》めということも新たに開始された。当時幕府に勢力のある彦根《ひこね》の藩主(井伊《いい》掃部頭《かもんのかみ》)も、久しぶりの帰国と見え、須原宿《すはらじゅく》泊まり、妻籠宿《つまごしゅく》昼食《ちゅうじき》、馬籠はお小休《こやす》みで、木曾路を通った。
 六月にはいって見ると、うち続いた快晴で、日に増し照りも強く、村じゅうで雨乞《あまご》いでも始めなければならないほどの激しい暑気になった。荒町の部落ではすでにそれを始めた。
 ちょうど、峠の上の方から馬をひいて街道を降りて来る村の小前《こまえ》のものがある。福島の馬市からの戻《もど》りと見えて、青毛の親馬のほかに、当歳らしい一匹の子馬をもそのあとに連れている。気の短い問屋の九太夫《くだゆう》がそれを見つけて、どなった。
「おい、どこへ行っていたんだい。」
「馬買いよなし。」
「この旱《ひで》りを知らんのか。お前の留守に、田圃《たんぼ》は乾《かわ》いてしまう。荒町あたりじゃ梵天山《ぼんでんやま》へ登って、雨乞いを始めている。氏神《うじがみ》さまへ行ってごらん、お千度《せんど》参《ま
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