きり別のものはよかった。」
 炬燵話《こたつばなし》に夜はふけて行った。ひっそりとした裏山に、奈良井川の上流に、そこへはもう東木曾の冬がやって来ていた。山気は二人の身にしみて、翌朝もまた霜かと思わせた。


 追分《おいわけ》の宿まで行くと、江戸の消息はすでにそこでいくらかわかった。同行三人のものは、塩尻《しおじり》、下諏訪《しもすわ》から和田峠を越え、千曲川《ちくまがわ》を渡って、木曾街道と善光寺道との交叉点《こうさてん》にあたるその高原地の上へ出た。そこに住む追分の名主《なぬし》で、年寄役を兼ねた文太夫《ぶんだゆう》は、かねて寿平次が先代とは懇意にした間柄で、そんな縁故から江戸行きの若者らの素通りを許さなかった。
 名主文太夫は、野半天《のばんてん》、割羽織《わりばおり》に、捕繩《とりなわ》で、御領私領の入れ交《まじ》った十一か村の秣場《まぐさば》を取り締まっているような人であった。その地方にある山林の枯れ痛み、風折れ、雪折れ、あるいは枝卸しなどの見回りをしているような人であった。半蔵らはこの客好きな名主の家に引き留められて、佐久の味噌汁《みそしる》や堅い地大根《じだいこん》の沢庵
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