門からの依頼で、半蔵はその人に手紙を届けるはずであったからで。菖助は名古屋藩の方に聞こえた宮谷家から後妻を迎えている人で、関所を預かる主《おも》な給人《きゅうにん》であり、砲術の指南役であり、福島でも指折りの武士の一人《ひとり》であった。ちょうど非番の日で、菖助は家にいて、半蔵らの立ち寄ったことをひどくよろこんだ。この人は伏見屋あたりへ金の融通《ゆうずう》を頼むために、馬籠の方へ見えることもある。それほど武士も生活には骨の折れる時になって来ていた。
「よい旅をして来てください。時に、お二人《ふたり》とも手形をお持ちですね。ここの関所は堅いというので知られていまして、大名のお女中がたでも手形のないものは通しません。とにかく、私が御案内しましょう。」
 と菖助は言って、餞別《せんべつ》のしるしにと先祖伝来の秘法による自家製の丸薬なぞを半蔵にくれた。
 平袴《ひらばかま》に紋付の羽織《はおり》で大小を腰にした菖助のあとについて、半蔵らは関所にかかった。そこは西の門から東の門まで一町ほどの広さがある。一方は傾斜の急な山林に倚《よ》り、一方は木曾川の断崖《だんがい》に臨んだ位置にある。山村|甚兵
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