かんな活動のさまがその街道から望まれる。小谷狩《こたにがり》にはややおそく、大川狩《おおかわがり》にはまだ早かった。河原《かわら》には堰《せき》を造る日傭《ひよう》の群れの影もない。木鼻《きはな》、木尻《きじり》の作業もまだ始まっていない。諸役人が沿岸の警戒に出て、どうかすると、鉄砲まで持ち出して、盗木流材を取り締まろうとするような時でもない。半蔵らの踏んで行く道はもはや幾たびか時雨《しぐれ》の通り過ぎたあとだった。気の置けないものばかりの旅で、三人はときどき路傍《みちばた》の草の上に笠《かさ》を敷いた。小松の影を落としている川の中洲《なかず》を前にして休んだ。対岸には山が迫って、檜木、椹《さわら》の直立した森林がその断層を覆《おお》うている。とがった三角を並べたように重なり合った木と木の梢《こずえ》の感じも深い。奥筋の方から渦巻《うずま》き流れて来る木曾川[#「木曾川」は底本では「木曽川」]の水は青緑の色に光って、乾《かわ》いたりぬれたりしている無数の白い花崗石《みかげいし》の間におどっていた。
 その年は安政の大地震後初めての豊作と言われ、馬籠の峠の上のような土地ですら一部落で百五
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