って来た。遠く行くほどのものは、河止《かわど》めなぞの故障の起こらないかぎり、たとい強い風雨を冒しても必ず予定の宿《しゅく》まではたどり着けと言われているころだ。遊山《ゆさん》半分にできる旅ではなかった。
「佐吉さん、お前は半蔵さまのお供だそうなのい。」
「あい、半蔵さまもそう言ってくれるし、大旦那《おおだんな》からもお許しが出たで。」
おふきはだれよりも先に半蔵の門出《かどで》を見送りに来て、もはや本陣の囲炉裏ばたのところで旅じたくをしている下男の佐吉を見つけた。佐吉は雇われて来てからまだ年も浅く、半蔵といくつも違わないくらいの若さであるが、今度江戸への供に選ばれたことをこの上もないよろこびにして、留守中主人の家の炉で焚《た》くだけの松薪《まつまき》なぞはすでに山から木小屋へ運んで来てあった。
いよいよ出発の時が来た。半蔵は青い河内木綿《かわちもめん》の合羽《かっぱ》を着、脚絆《きゃはん》をつけて、すっかり道中姿になった。旅の守り刀は綿更紗《めんざらさ》の袋で鍔元《つばもと》を包んで、それを腰にさした。
「さあ、これだ。これさえあれば、どんな関所でも通られる。」
と吉左衛門
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