言うんですがね、どこの林をそんなに歩いたものでしょう。」
「きっと梅屋林の中だぞ。寿平次さんも狸《たぬき》に化かされたか。そいつは大笑いだ。」
「山の中らしいお話ですねえ。」
とおまんもそこへ来て言い添えた。その時、お喜佐も挨拶《あいさつ》に来て、母のそばにいて、寿平次の話に耳を傾けた。
「兄さん、すこし待って。」
お民は別の部屋《へや》に寝かして置いた乳呑児《ちのみご》を抱きに行って来た。目をさまして母親を探《さが》す子の泣き声を聞きつけたからで。
「へえ、粂《くめ》を見てやってください。こんなに大きくなりました。」
「おゝ、これはよい女の子だ。」
「寿平次さん、御覧なさい。もうよく笑いますよ。女の子は知恵のつくのも早いものですねえ。」
とおまんは言って、お民に抱かれている孫娘の頭をなでて見せた。
その日、寿平次が持って来た話というは、供の男を連れて木曾路を通り過ぎようとしたある旅人が妻籠の本陣に泊まり合わせたことから始まる。偶然にも、その客は妻籠本陣の定紋《じょうもん》を見つけて、それが自分の定紋と同じであることを発見する。※[#「穴かんむり/果」、第3水準1−89−51]
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