る。先代が木曾福島へ出張中に病死してからは、早く妻籠の本陣の若主人となっただけに、年齢《とし》の割合にはふけて見え、口のききようもおとなびていた。彼は背《せい》の低い男で、肩の幅で着ていた。一つ上の半蔵とそこへ対《むか》い合ったところは、どっちが年長《としうえ》かわからないくらいに見えた。年ごろから言っても、二人はよい話し相手であった。
「時に、半蔵さん、きょうはめずらしい話を持って来ました。」と寿平次は目をかがやかして言った。
「どうもこの話は、ただじゃ話せない。」
「兄さんも、勿体《もったい》をつけること。」とお民はそばに聞いていて笑った。
「お民、まあなんでもいいから、お父《とっ》さんやお母《っか》さんを呼んで来ておくれ。」
「兄さん、お喜佐さんも呼んで来ましょうか。あの人も仙十郎《せんじゅうろう》さんと別れて、今じゃ家にいますから。」
「それがいい、この話はみんなに聞かせたい。」
「大笑い。大笑い。」
吉左衛門はちょうど屋外《そと》から帰って来て、まず半蔵の口から寿平次の失敗話《しくじりばなし》というのを聞いた。
「お父《とっ》さん、寿平次さんは塩野から下り坂の方へ出たと
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