あけに氏神|諏訪社《すわしゃ》への参詣《さんけい》を済まして来て、まず吉例として本陣の門口に集まった。その朝も、吉左衛門は麻の※[#「ころもへん+上」、第4水準2−88−9]※[#「ころもへん+下」、第4水準2−88−10]《かみしも》着用で、にこにこした目、大きな鼻、静かな口に、馬籠の駅長らしい表情を見せながら、一同の年賀を受けた。
「へい、大旦那《おおだんな》、明けましておめでとうございます。」
「あい、めでたいのい。」
 これも一時の気休めであった。
 その年、安政二年の十月七日には江戸の大地震を伝えた。この山の中のものは彦根《ひこね》の早飛脚からそれを知った。江戸表は七分通りつぶれ、おまけに大火を引き起こして、大部分焼失したという。震災後一年に近い地方の人たちにとって、この報知《しらせ》は全く他事《ひとごと》ではなかった。もっとも、馬籠のような山地でもかなりの強震を感じて、最初にどしんと来た時は皆|屋外《そと》へ飛び出したほどであった。それからの昼夜幾回とない微弱な揺り返しは、八十余里を隔てた江戸方面からの余波とわかった。
 江戸大地震の影響は避難者の通行となって、次第にこの街
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