えて来る。松を立てた家もちらほら見える。「そえご」と組み合わせた門松の大きなのは本陣の前にも立てられて、日ごろ出入りの小前《こまえ》のものは勝手の違った顔つきでやって来る。その中の一人は、百姓らしい手をもみもみ吉左衛門にたずねた。
「大旦那《おおだんな》、ちょっくら物を伺いますが、正月を二度すると言えば、年を二つ取ることだずら。村の衆の中にはそんなことを言って、たまげてるものもあるわなし。おれの家じゃ、お前さま、去年の暮れに女の子が生まれて、まだ数え歳《どし》二つにしかならない。あれも三つと勘定したものかなし。」
「待ってくれ。」
この百姓の言うようにすると、吉左衛門自身は五十七、五十八と一時に年を二つも取ってしまう。伏見屋の金兵衛なぞは、一足飛びに六十歳を迎える勘定になる。
「ばかなことを言うな。正月のやり直しと考えたらいいじゃないか。」
そう吉左衛門は至極《しごく》まじめに答えた。
一年のうちに正月が二度もやって来ることになった。まるでうそのように。気の早い連中は、屠蘇《とそ》を祝え、雑煮《ぞうに》を祝えと言って、節句の前日から正月のような気分になった。当日は村民一同夜のひき
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