「九太夫さん、どうもわたしは年回りがよくないと思う。」
「どうでしょう、馬籠でも年を祭り替えることにしては。」
「そいつはおもしろい考えだ。」
「この街道筋でも祭り替えるようなうわさで、村によってはもう松を立てたところもあるそうです。」
「早速《さっそく》、年寄仲間や組頭の連中を呼んで、相談して見ますか。」
 本陣の吉左衛門と問屋の九太夫とがこの言葉をかわしたのは、村へ大地震の来た翌年安政二年の三月である。
 流言。流言には相違ないが、その三月は実に不吉な月で、悪病が流行するか、大風が吹くか、大雨が降るかないし大饑饉《だいききん》が来るか、いずれ天地の間に恐ろしい事が起こる。もし年を祭り替えるなら、その災難からのがれることができる。こんなうわさがどこの国からともなくこの街道に伝わって来た。九太夫が言い出したこともこのうわさからで。
 やがて宿役人らが相談の結果は村じゅうへ触れ出された。三月節句の日を期して年を祭り替えること。その日およびその前日は、農事その他一切の業務を休むこと。こうなると、流言の影響も大きかった。村では時ならぬ年越しのしたくで、暮れのような餅搗《もちつ》きの音が聞こ
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