。」
その時、金兵衛は一通の手紙を取り出して吉左衛門に見せた。舌代《ぜつだい》として、病中の松雲|和尚《おしょう》から金兵衛にあてたものだ。それには、伏見屋の仏事にも弟子《でし》を代理として差し出すという詫《わ》びからはじめて、こんな非常時には自分のようなものでも村の役に立ちたいと思い、行脚《あんぎゃ》の旅にあるころからそのことを心がけて帰って来たが、あいにくと病に臥《ふ》していてそれのできないのが残念だという意味を書いてある。寺でも経堂その他の壁は落ち、土蔵にもエミ(亀裂《きれつ》)を生じたが、おかげで一人《ひとり》の怪我《けが》もなくて済んだと書いてある。本陣の主人へもよろしくと書いてある。
「いや、和尚さまもお堅い、お堅い。」
「なにしろ六年も行脚に出ていた人ですから、旅の疲れぐらいは出ましょうよ。」
それが吉左衛門の返事だった。
「お宅では。」
「まだみんな裏の竹藪《たけやぶ》です。ちょっと、おまんにもあってやってください。」
そう言って吉左衛門が金兵衛を誘って行ったところは、おそろしげに壁土の落ちた土蔵のそばだ。木小屋を裏へ通りぬけると、暗いほど茂った竹藪がある。その辺
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