安な日がそれから六日も続いた。宿《しゅく》では十八人ずつの夜番が交替に出て、街道から裏道までを警戒した。祈祷《きとう》のためと言って村の代参を名古屋の熱田《あつた》神社へも送った。そのうちに諸方からの通知がぽつぽつ集まって来て、今度の大地震が関西地方にことに劇《はげ》しかったこともわかった。東海道|岡崎宿《おかざきじゅく》あたりへは海嘯《つなみ》がやって来て、新井《あらい》の番所なぞは海嘯《つなみ》のために浚《さら》われたこともわかって来た。
 熱田からの代参の飛脚が村をさして帰って来たころには、怪しい空の雲行きもおさまり、そこいらもだいぶ穏やかになった。吉左衛門は会所の定使《じょうづかい》に言いつけて、熱田神社祈祷の札を村じゅう軒別に配らせていると、そこへ金兵衛の訪《たず》ねて来るのにあった。
「吉左衛門さん、もうわたしは大丈夫と見ました。時に、あすは十一月の十日にもなりますし、仏事をしたいと思って、お茶湯《ちゃとう》のしたくに取りかかりましたよ。御都合がよかったら、あなたにも出席していただきたい。」
「お茶湯とは君もよいところへ気がついた。こんな時の仏事は、さぞ身にしみるだろうねえ
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