賀辺を騒がしたアメリカの船をも、長崎から大坂の方面にたびたび押し寄せたというオロシャの船をも、さては仙洞御所《せんとうごしょ》の出火までも引き合いに出して、この異変を何かの前兆に結びつけるものもある。夜一夜、だれもまんじりとしなかった。半蔵もその仲間に加わって、産後の妻の身を案じたり、竹藪《たけやぶ》や背戸田《せどた》に野宿する人たちのことを思ったりして、太陽の登るのを待ち明かした。
翌日は雪になったが、揺り返しはなかなかやまなかった。問屋、伏見屋の前には二組に分れた若者たちが動いたり集まったりして、美濃の大井や中津川辺は馬籠《まごめ》よりも大地震だとか、隣宿の妻籠《つまご》も同様だとか、どこから聞いて来るともなくいろいろなうわさを持っては帰って来た。恵那山《えなさん》、川上山《かおれやま》、鎌沢山《かまざわやま》のかなたには大崩《おおくず》れができて、それが根の上あたりから望まれることを知らせに来るのも若い連中だ。その時になると、まれに見るにぎわいだったと言われた祭りの日のよろこびも、狂言の評判も、すべて地震の騒ぎの中に浚《さら》われたようになった。
揺り返し、揺り返しで、不
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