の役所からの役人を迎えた日のことは、一生忘れられない出来事の一つとして、まだ吉左衛門の記憶には新しくてある。その吟味は本陣の家の門内で行なわれた。のみならず、そんなにたくさんな怪我人《けがにん》を出したことも、村の歴史としてかつて聞かなかったことだ。前庭の上段には、福島から来た役人の年寄、用人、書役《かきやく》などが居並んで、そのわきには足軽が四人も控えた。それから村じゅうのものが呼び出された。その科《とが》によって腰繩《こしなわ》手錠で宿役人の中へ預けられることになった。もっとも、老年で七十歳以上のものは手錠を免ぜられ、すでに死亡したものは「お叱《しか》り」というだけにとどめて特別な憐憫《れんびん》を加えられた。
この光景をのぞき見ようとして、庭のすみの梨《なし》の木のかげに隠れていたものもある。その中に吉左衛門が忰《せがれ》の半蔵もいる。当時十八歳の半蔵は、目を据えて、役人のすることや、腰繩につながれた村の人たちのさまを見ている。それに吉左衛門は気がついて、
「さあ、行った、行った――ここはお前たちなぞの立ってるところじゃない。」
としかった。
六十一人もの村民が宿役人へ預け
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