《りゅういん》を下げようとした。好ましい鬘《かずら》を子にあてがうためには、一|分《ぶ》二|朱《しゅ》ぐらいの金は惜しいとは思わなかった。
狂言番組。式三番叟《しきさんばそう》。碁盤太平記《ごばんたいへいき》。白石噺《しらいしばなし》三の切り。小倉色紙《おぐらしきし》。最後に戻《もど》り籠《かご》。このうち式三番叟と小倉色紙に出る役と、その二役は仙十郎が引きうけ、戻り籠に出る難波治郎作《なにわじろさく》の役は鶴松がすることになった。金兵衛がはじめて稽古場《けいこば》へ見物に出かけるころには、ともかくも村の若いものでこれだけの番組を作るだけの役者がそろった。
その年の祭りの季節には、馬籠以外の村々でもめずらしいにぎわいを呈した。各村はほとんど競争の形で、神輿《みこし》を引き出そうとしていた。馬籠でさかんにやると言えば、山口でも、湯舟沢でも負けてはいないというふうで。中津川での祭礼狂言は馬籠よりも一月ほど早く催されて、そのおりは本陣のおまんも仙十郎と同行し、金兵衛はまた吉左衛門とそろって押しかけて行って来た。目にあまる街道一切の塵埃《ほこり》ッぽいことも、このにぎやかな祭りの気分に
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