労役に堪《た》えがたく、問屋とも相談の上でお触れ当ての人馬を代銭で差し出すとなると、この夫銭《ぶせん》がまたおびただしい高に上る。村々の痛みは一通りではない。なかなか宿駅常備の御伝馬ぐらいではおびただしい入用に不足するところから、助郷村々では人馬を多く差し出し、その勤めも続かなくなって来た。おまけに、諸色《しょしき》は高く、農業にはおくれ、女や老人任せで田畠《たはた》も荒れるばかり。こんなことで、どうして百姓の立つ瀬があろう。なんとかして村民の立ち行くように、宿方の役人たちにもよく考えて見てもらわないことには、助郷総代としても一同の不平をなだめる言葉がない。今度という今度は、容易に請状《うけじょう》も出しかねるというのが助郷側の言い分である。
「いや、大《おお》やかまし。」と得右衛門は言葉をついだ。「そこをわたしがよく説き聞かせて、なんとかして皆の顔を立てる、お前たちばかりに働かしちゃ置かない。奉行所に願って、助郷を勤める村数を増すことにする。それに尾州藩だってこんな場合に黙って見ちゃいまい。その方からお手当ても出よう。こんな御通行は二度とはあるまいから、と言いましたところが、それじゃ村々のものを集めてよく相談して見ようと先方でも折れて出ましてね、そんな約束でわたしも別れて来ましたよ。」
「そいつはお骨折りでした。早速《さっそく》、奉行所あての願書を作ろうじゃありませんか。野尻《のじり》、三留野《みどの》、妻籠《つまご》、馬籠《まごめ》、これだけの庄屋連名で出すことにしましょう。たぶん、半蔵さんもこれに賛成だろうと思います。」
「そうなさるがいい。今度わたしも伊那へ行って、つくづくそう思いました。徳川様の御威光というだけでは、百姓も言うことをきかなくなって来ましたよ。」
「そりゃ得右衛門さん、おそい。いったい、諸大名の行列はもっと省いてもいいものでしょう。そうすれば、助郷も助かる。参覲交代なぞはもう時世おくれだなんて言う人もありますよ。」
「こういう庄屋が出て来るんですからねえ。」
その時、寿平次は「今一手」と言いたげに、小屋の壁にたてかけた弓を取りあげて、弦《つる》に松脂《まつやに》を塗っていた。それを見ると、得右衛門も思い出したように、
「伊那の方でもこれが大流行《おおはやり》。武士が刀を質に入れて、庄屋の衆が弓をはじめるか。世の中も変わりましたね。」
「得右
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