や》のさかりのころで、木曾名物の小鳥でも焼こうと言ってくれるのもそこの主人だ。鳥居峠の鶫《つぐみ》は名高い。鶫ばかりでなく、裏山には駒鳥《こまどり》、山郭公《やまほととぎす》の声がきかれる。仏法僧《ぶっぽうそう》も来て鳴く。ここに住むものは、表の部屋に向こうの鳥の声をきき、裏の部屋にこちらの鳥の声をきく。そうしたことを語り聞かせるのもまたそこの主人だ。
半蔵らは同じ木曾路でもずっと東寄りの宿場の中に来ていた。鳥居峠一つ越しただけでも、親たちや妻子のいる木曾の西のはずれはにわかに遠くなった。しかしそこはなんとなく気の落ち着く山のすそで、旅の合羽《かっぱ》も脚絆《きゃはん》も脱いで置いて、田舎《いなか》風な風呂《ふろ》に峠道の汗を忘れた時は、いずれも活《い》き返ったような心地《ここち》になった。
「ここの家は庄屋を勤めてるだけなんですね。本陣問屋は別にあるんですね。」
「そうらしい。」
半蔵と寿平次は一風呂浴びたあとのさっぱりした心地で、奈良井の庄屋の裏座敷に互いの旅の思いを比べ合った。朝晩はめっきり寒く、部屋には炬燵《こたつ》ができているくらいだ。寿平次は下女がさげて来てくれた行燈《あんどん》を引きよせて、そのかげに道中の日記や矢立てを取り出した。藪原《やぶはら》で求めた草鞋《わらじ》が何|文《もん》、峠の茶屋での休みが何文というようなことまで細かくつけていた。
「寿平次さん、君はそれでも感心ですね。」
「どうしてさ。」
「妻籠の方でもわたしは君の机の上に載ってる覚え帳を見て来ました。君にはそういう綿密なところがある。」
どうして半蔵がこんなことを言い出したかというに、本陣庄屋問屋の仕事は将来に彼を待ち受けていたからで。二人《ふたり》は十八歳のころから、すでにその見習いを命ぜられていて、福島の役所への出張といい、諸大名の送り迎えといい、二人が少年時代から受けて来た薫陶はすべてその準備のためでないものはなかった。半蔵がまだ親の名跡《みょうせき》を継がないのに比べると、寿平次の方はすでに青年の庄屋であるの違いだ。
半蔵は嘆息して、
「吾家《うち》の阿爺《おやじ》の心持ちはわたしによくわかる。家を放擲《ほうてき》してまで学問に没頭するようなものよりも、よい本陣の跡継ぎを出したいというのが、あの人の本意なんでさ。阿爺《おやじ》ももう年を取っていますからね。」
「半
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