門からの依頼で、半蔵はその人に手紙を届けるはずであったからで。菖助は名古屋藩の方に聞こえた宮谷家から後妻を迎えている人で、関所を預かる主《おも》な給人《きゅうにん》であり、砲術の指南役であり、福島でも指折りの武士の一人《ひとり》であった。ちょうど非番の日で、菖助は家にいて、半蔵らの立ち寄ったことをひどくよろこんだ。この人は伏見屋あたりへ金の融通《ゆうずう》を頼むために、馬籠の方へ見えることもある。それほど武士も生活には骨の折れる時になって来ていた。
「よい旅をして来てください。時に、お二人《ふたり》とも手形をお持ちですね。ここの関所は堅いというので知られていまして、大名のお女中がたでも手形のないものは通しません。とにかく、私が御案内しましょう。」
と菖助は言って、餞別《せんべつ》のしるしにと先祖伝来の秘法による自家製の丸薬なぞを半蔵にくれた。
平袴《ひらばかま》に紋付の羽織《はおり》で大小を腰にした菖助のあとについて、半蔵らは関所にかかった。そこは西の門から東の門まで一町ほどの広さがある。一方は傾斜の急な山林に倚《よ》り、一方は木曾川の断崖《だんがい》に臨んだ位置にある。山村|甚兵衛《じんべえ》代理格の奉行《ぶぎょう》、加番の給人らが四人も調べ所の正面に控えて、そのそばには足軽が二人ずつ詰めていた。西に一人、東に二人の番人がさらにその要害のよい門のそばを堅めていた。半蔵らは門内に敷いてある米石《こめいし》を踏んで行って、先着の旅行者たちが取り調べの済むまで待った。由緒《ゆいしょ》のある婦人の旅かと見えて、門内に駕籠《かご》を停《と》めさせ、乗り物のまま取り調べを受けているのもあった。
半蔵らはかなりの時を待った。そのうちに、
「髪長《かみなが》、御一人《ごいちにん》。」
と乗り物のそばで起こる声を聞いた。駕籠で来た婦人はいくらかの袖《そで》の下《した》を番人の妻に握らせて、型のように通行を許されたのだ。半蔵らの順番が来た。調べ所の壁に掛かる突棒《つくぼう》、さす叉《また》なぞのいかめしく目につくところで、階段の下に手をついて、かねて用意して来た手形を役人たちの前にささげるだけで済んだ。
菖助にも別れを告げて、半蔵がもう一度関所の方を振り返った時は、いかにすべてが形式的であるかをそこに見た。
鳥居峠《とりいとうげ》はこの関所から宮《みや》の越《こし》、藪原
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