婦人の笑顔
島崎藤村

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)調戯《からか》はれよう

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いろ/\
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 古人の言葉に、
「おふくは、鼻の低いかはりに、瞼が高うて、好いをなごじやの、なんのかのとて、いつかいお世話でござんす。」
 これは、名高い昔の禅僧が残した言葉で、おふくが文を持つ立姿の図に、その画賛として書かれたものであるといふ。仮令鼻が低いと言はれようが、瞼が高いと調戯《からか》はれようが、女の身ながらに眼を見開くなら、この世に隠れてゐる宝と生命と幸福とが得られるといふこゝろもちを、いかにも軽く取り扱つてあるらしい。
 このおふくのことで想ひ起すのは、彼女の姉妹とも言ひたいおかめの俤である。共に婦人の笑顔をあらはして、遠い昔からいろ/\な絵や、彫刻や、演劇舞踊の中にまで見えつ隠れつしてゐるのが、わたしの心をひく。中世以来、続きに続いた婦人の世界の暗さを思へば、「笑」を失つたものが多からうと思はれる中で、あれは光つた笑顔に相違ない。ところが、こゝに縁起をかつぐやうなことばかりを知つて、
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