勢をして、車のゆききや人通りの激しい外の町からこの私をおおい隠すようにした。
私たちはある町を通り過ぎようとした。祭礼かと見まごうばかりにぎやかに飾り立てたある書店の前の広告塔が目につく。私は次郎や末子にそれを指《さ》して見せた。
「御覧、競争が始まってるんだよ。」
紅《あか》い旗、紅い暖簾《のれん》は、車の窓のガラスに映ったり消えたりした。大量生産の機運に促されて、廉価な叢書《そうしょ》の出版計画がそこにも競うように起こって来たかと思いながら、日本橋《にほんばし》手前のある地方銀行の支店へと急いだ。郷里の山地のほうにいる太郎あてに送金するには、その支店から為替《かわせ》を組んでもらうのが、いちばん簡単でもあり、便利でもあったからで。日本橋の通りにあるバラック風な建物の中でも、また私たちはしばらく時を送った。その建物の前にある石の階段をおりたところで、私は連れの次郎や末子を見て言った。
「さあ、太郎さんへはお金を送った。これからは次郎ちゃんや三ちゃんの番だ。」
自動車が動くたびに私の子供に話したことがほんとうになって行った。「へたな洋食よりいい事がある」と私が誘い出した意味は、そ
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