はく靴《くつ》を買ったという店の前あたりを通り過ぎると、そこはもう新橋の手前だ。ある銀行の前で、私は車を停《と》めさせた。
しばらく私たちは、大きな金庫の目につくようなバラック風の建物の中に時を送った。
「現金でお持ちになりますか。それとも御便利なように、何かほかの形にして差し上げるようにしましょうか。」
と、そこの銀行員が尋ねるので、私は例の小切手を現金に換えてもらうことにした。私が支払い口の窓のところで受け取った紙幣は、風呂敷包《ふろしきづつ》みにして、次郎と二人《ふたり》でそれを分けて提《さ》げた。
「こうして見ると、ずいぶん重いね。」
待たせて置いた自動車に移ってから、次郎はそれを妹に言った。
「どれ。」
と、妹も手を出して見せた。
私たちの乗る車はさらに日本橋手前の方角を取って、繁華な町の中を走って行った。私は風呂敷包みを解いて、はじめて手にするほどの紙幣の束の中から、あの太郎あてに送金する分だけを別にしようとした。不慣れな私には、五千円の札を車の上で数えるだけでもちょっと容易でない。その私を見ると、次郎も末子も笑った。やがて次郎は何か思いついたように、やや中腰の姿
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