は坂の途中であとから登って来る娘のほうを振り返って見て、また路《みち》を踏んで行った。こうして親子三人のものが一緒にそろって出かけるというは、それだけでも私には楽しかった。
「新橋《しんばし》の手前までやってください。」
と、私は坂の上に待つ運転手に声をかけて、やがて車の上の人となった。肥《ふと》った末子は私の隣に、やせぎすな次郎は私と差し向かいに腰掛けた。
「きょうは用達《ようたし》だぜ。次郎ちゃんにも手伝ってもらうぜ。」
「わかってるよ。」
動いて行く車の上で、私たちは大体の手はずをきめた。
「末ちゃんは風呂敷《ふろしき》を忘れて来やしないか。」
と、私が言うと、末子は車の窓のそばから黒い風呂敷を取り出して見せた。
私たちを載せた車は、震災の当時に焼け残った岡《おか》の地勢を降りて、まだバラック建ての家屋の多い、ごちゃごちゃとした広い町のほうへ、一息に走って行った。町の曲がり角《かど》で、急に車が停《と》まるとか、また動き出すとか、何か私たちの乗り心地《ごこち》を刺激するものがあると、そのたびに次郎と末子とは、兄妹《きょうだい》らしい軽い笑《え》みをかわしていた。次郎が毎日
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