の母さんは六人の姉妹《きょうだい》の中で、いちばんお爺《じい》さんの秘蔵娘であったという。その人ですらそうだ。ああいう場合を想《おも》ってみると、娘に薄くしても総領|子息《むすこ》に厚くとは、やはり函館のお爺さんなぞの考えたことであったらしい。あの母さんのように、困った夫の前へ、ありったけの金を取り出すような場合は別としても、もっと女の生活が経済的にも保障されていたなら、と今になって私も思い当たることがいろいろある。
「娘のしたくは、こんなことでいいのか。」
 私も、そこへ気づいた。やはり男の兄弟《きょうだい》に分けられるだけのものは、あの末子にも同じように分けようと思い直した。私も二万とまとまったものを持ったことのない証拠には、こんなに金のことを考えてしまった。やがて、一枚の小切手が約束の三十日より二日《ふつか》も早く私の手もとへ届いた。私はそれを適当に始末してしまうまでは安心しなかった。

「次郎ちゃん、きょうはお前と末ちゃんを下町《したまち》のほうへ連れて行く。自動車を一台頼んで来ておくれ。」
「とうさん、どこへ行くのさ。」
「まあ、とうさんについて来て見ればわかる。きょうはお前
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