畳の上までさして来ているところで、私はいろいろと思い出してみた。六人ある姉妹《きょうだい》の中で、私の子供らの母《かあ》さんはその三番目にあたるが、まだそのほかにあの母さんの一番上の兄《にい》さんという人もあった。函館《はこだて》のお爺《じい》さんがこの七人の兄弟《きょうだい》の実父にあたる。お爺さんは一代のうちに蔵をいくつも建てたような手堅い商人であったが、総領の子息《むすこ》にはいちばん重きを置いたと見えて、長いことかかって自分で経営した網問屋《あみどんや》から、店の品物から、取引先の得意までつけてそっくり子息《むすこ》にくれた。ところが子息《むすこ》は、お爺《じい》さんからもらったものをすっかりなくしてしまった。あの子息《むすこ》の家が倒れて行くのを見た時は、お爺さんは半分狂気のようであったと言われている。しまいには、その家屋敷も人手に渡り、子息《むすこ》は勘当も同様になって、みじめな死を死んで行った。私はあのお爺《じい》さんが姉娘に迎えた養子の家のほうに移って、紙問屋の二階に暮らした時代を知っている。あのお爺さんが、子息《むすこ》の人手に渡した建物を二階の窓の外にながめながら、
前へ
次へ
全39ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング