若し、結婚するまでにも至っていない。すくなくも二人《ふたり》もしくは二人半の働き手を要するのが普通の農家である。それを思うと、いかに言っても太郎の家では手が足りなかった。私が妹に薄くしてもと考えるのは、その金で兄の手不足を補い、どうかしてあの新しい農家を独立させたかったからで。
 言い忘れたが、最初私は太郎に二|反《たん》七|畝《せ》ほどの田をあてがった。そこから十八俵の米が取れた。もっとも、太郎から手紙で書いてよこしたように、これは特別な農作の場合で、毎年の収穫の例にはならない。二度目は、一反九畝九|歩《ぶ》ほどの田をあてがった。そうそうは太郎一人の力にも及ぶまいから、このほうはあの子の村の友だちと二人の共同経営とした。地租、肥料、籾《もみ》などの代を差し引き、労力も二人で持ち寄れば、収穫も二人で分けさせることにしてあった。

 いつのまにか私たちの家の狭い庭には、薔薇《ばら》が最初の黄色い蕾《つぼみ》をつけた。馬酔木《あしび》もさかんな香気を放つようになった。この花が庭に咲くようになってから、私の部屋《へや》の障子の外へは毎日のように蜂《はち》が訪れて来た。
 あかるい光線が部屋の
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