ほど、まだほんとうに頭ができていない。」
「だから、ときどき出て来るさ。番町の先生の話なぞもききに来るさ。」
「そうだよ。」
「読めるだけはいろいろなものを読んで見るさ。」
「そうだよ。」
 その時になって見ると、太郎はすでに郷里のほうの新しい農家に落ちついて、その年の耕作のしたくを始めかけていたし、次郎はゆっくり構えながら、持って生まれた画家の気質を延ばそうとしていた。三郎はまた三郎で、出足の早い友だち仲間と一緒に、新派の美術の方面から、都会のプロレタリアの道を踏もうとしていた。三人が三人、思い思いの方向を執って、同じ時代を歩もうとしていた。末子は、と見ると、これもすでに学校の第三学年を終わりかけて、日ごろ好きな裁縫や手芸なぞに残る一学年の生《お》い先を競おうとしていた。この四人の兄妹《きょうだい》に、どう金を分けたものかということになると、私はその分け方に迷った。

 月の三十日までには約束のものを届ける。特製何部。並製何部。この印税一割二分。そのうち社預かり第五回配本の分まで三分。こうした報告が社の会計から、すでに私の手もとへ届くようになった。
 私も実は、次郎と三郎とに等分に金
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