な心持ちが自分の内に動いて来たというだけでも、子供らによろこんでもらえるように思った。目を円《まる》くしてそれを私から受け取る時の子供らの顔が見えるようにも思った。私は子に甘いと言われることも忘れ、自分が一人《ひとり》ぼっちになって行くことも忘れて、子供らをよろこばせたかった。
それほど私もきげんのよかった時だ。私は四畳半から茶の間のほうへ行って、口さみしい時につまむほどしか残っていない菓子を取り出した。遠く満州の果てから帰国した親戚《しんせき》のものの置いて行ったみやげの残りだ。ロシアあたりの子供でもよろこびそうなボンボンだ。茶の間には末子が婆《ばあ》やを相手に、針仕事をひろげていた。私はその一つ一つ紙にひねってあるボンボンを娘に分け、婆やに分け、次郎のいるところへも戻《もど》って来て分けた。
「次郎ちゃん、おもしろい言葉があるよ。」と、私は言った。「田舎《いなか》へ引っ込むのはね、社会から遠くなるのじゃなくて、自分らの虚栄から遠くなるのだ。という言葉があるよ。勉強のできるのは田舎だね。お前のように田舎にいて、さびしさと戦うのもいい修業じゃないか。」
「しかし、僕はそれに耐えられる
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