いか。どんなものを造り出そうと、お前たちの勝手だからね。」
画布はまだかわかない。新しい絵の具はぬれたように光る。そこから発散する油の香《にお》いも私には楽しかった。次郎は私のそばにいて、しばらくほかの事を忘れたように、じっと自分の画《え》に見入っていた。
「ほら、お前が田舎《いなか》から持って来た画《え》さ。」と、私は言った。「とうさんなら、あのほうを取るね。やっぱし田舎のほうにいて、さびしい思いをしながらかいた画《え》は違うね。」
「そうばかりでもない。」
「でも、あの画《え》には、なんとなく迫って来るものがあるよ。」
私たちが次郎を郷里のほうへ送り出したのは、過ぐる年の秋にあたる。あの恵那《えな》山の見える山地のほうから、次郎はかなり土くさい画《え》を提《さ》げて出て来た。この次郎は、上京したついでに、今しばらく私たちと一緒にいて、春の展覧会を訪《たず》ねたり、旧《ふる》い友だちを見に行ったりして、田舎《いなか》の方で新鮮にして来た自分を都会の濃い刺激に試みようとしていた。
まだ私は金を分けることなぞを何も子供らに話してない。匂《にお》わしてもない。しかし、私としては、そん
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