親の手一つで四人のちいさなものを育てて来た私にふさわしく思われた。私は自分の身につけるよりも、今度の思いがけない収入を延び行く時代のもののほうに向けようと考えるようになった。
私は自分に言った。
「いっそ、あの金は子供に分けよう。」
二階はひっそりとしていた。私が階下《した》の四畳半にいて聞くと、時々次郎の話し声がする。末子の笑う声も聞こえて来る。美術書生を兄に持った末子は、肖像の手本としてよくそういうふうに頼まれる。次郎の画作に余念のなかった時だ。
やがて末子は二階から降りて来た。梯子段《はしごだん》の下のところで、ちょっと私に笑って見せた。
「きょうは眠くなっちゃった。」
「春先だからね。」
と、私も笑って、手本で疲れたらしい娘を慰めようとした。
間もなく次郎も一枚の習作を手にして降りて来た。次郎は描《か》いたばかりの妹の肖像を私の部屋《へや》に持って来て、見やすいところに置いて見せた。
「とうさん。これは、どう。」
「おそろしく鼻の高い娘ができたね。」
「そんなにこの鼻は高く見えるかなあ。」
「冗談だよ。とうさんがふざけて言ったんだよ。そんなことは、どうでもいいじゃな
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