に光つて見える一つの象徴として想像したい。あの草庵を芭蕉の『生命の宮殿』とも想像したい。無常迅速の境地に身を置きながら永遠といふものに對して居るやうな詩人をあの草庵の中に置いて想像したい。
[#天から3字下げ]『先づたのむ椎の木もあり夏木立』
あの幻住庵の跡は石山から、一里ばかりも奧にあると聞いた。芭蕉の筆はあの草庵が形勝の好い位置にあつたことを示して居る。
『さすがに春の名殘も遠からず、つゝじ咲殘り、山藤松にかゝりて、時鳥しばしば過ぐるほど宿かし鳥の便りさへあるを、木つゝきのつゝくともいとはじなど、そぞろに興じて、魂は呉楚東南にはしり、身は瀟湘洞庭に立つ。山はひつじ申にそばだち、人家よきほどに隔り、南薫峰よりおろし、北風海を浸して凉し。日枝の山、比良の高根より、辛崎の松は霞こめて、城あり、橋あり、釣たるゝ舟あり、笠とりに通ふ木樵の聲、麓の小田に早苗とる歌、螢とびかふ夕闇の空に水鷄《くひな》のたゝく音、美景ものとして足らずといふことなし。』
こんな風に敍して行つた記文の一番終りの處へもつて行つて、自己の感想が可成明かに語つてある。『いづれか幻のすみかならずや。』芭蕉はあの一句を書く
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