の肖像に見るやうな、隱者らしい着物に頭巾を冠つた年寄くさい人物であらねばならない。『翁』といふ言葉の持つ意味が一番よく宛嵌《あては》められるのも芭蕉であるやうな氣がする。
芭蕉は五十一歳で死んだ。それに就いて近頃私の心を驚かしたことがある。友人の馬場君はその昔白金の學窓を一緒に卒業した仲間であるが、私よりは三つほど年嵩にあたる同君が、來年はもう五十一歳だ。馬場君のことを孤蝶翁と呼んで見たところで、誰も承知するものは有るまいと思はれるほど同君はまだ若々しいが、來年の馬場君の歳に芭蕉は死んで居る。
これには私は驚かされた。老人だ、老人だ、と少年時代から思ひ込んで居た芭蕉に對する自分の考へ方を變へなければ成らなくなつて來た。思ひの外、芭蕉といふ人は若くて死んだのだと考へるやうになつて來た。成程元祿の昔と大正の今日とでは、社會の空氣からして違ふだらう。あの元祿時代の芭蕉翁に自分の友達仲間でも格別氣象の若々しい馬場君を比較することは、ちと無理かも知れない。それにしても私は芭蕉といふ人が大阪の花屋の座敷で此の世を去つたといふ時でも、實際に於いてそれほどの老年ではなかつたといふことを考へる。つ
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