ひ》を嗅いで見ると、急に過去《すぎさ》つた天長節のことが丑松の胸の中に浮んで来る。去年――一昨年――一昨々年――噫《あゝ》、未だ世の中を其程《それほど》深く思ひ知らなかつた頃は、噴飯《ふきだ》したくなるやうな、気楽なことばかり考へて、この大祭日を祝つて居た。手袋は旧《もと》の儘《まゝ》、色は褪《さ》めたが変らずにある。それから見ると人の精神《こゝろ》の内部《なか》の光景《ありさま》の移り変ることは。これから将来《さき》の自分の生涯は畢竟《つまり》奈何《どう》なる――誰が知らう。来年の天長節は――いや、来年のことは措《お》いて、明日のことですらも。斯う考へて、丑松の心は幾度《いくたび》か明くなつたり暗くなつたりした。
 さすがに大祭日だ。町々の軒は高く国旗を掲げ渡して、いづれの家も静粛に斯の記念の一日《ひとひ》を送ると見える。少年の群は喜ばしさうな声を揚げ乍ら、霜に濡れた道路を学校の方へと急ぐのであつた。悪戯盛《いたづらざか》りの男の生徒、今日は何時にない大人びた様子をして、羽織袴でかしこまつた顔付のをかしさ。女生徒は新しい海老茶袴《えびちやばかま》、紫袴であつた。

       (二
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