うに利《き》かん気では無かつたが、そのかはり昔風に亭主に便《たよ》るといふ風で、何処迄《どこまで》も我輩を信じて居た。蓮華寺へ行つたお志保――彼娘《あのこ》がまた母親に克《よ》く似て居て、眼付なぞはもう彷彿《そつくり》さ。彼娘の顔を見ると、直に前《せん》の家内が我輩の眼に映る。我輩ばかりぢやない、他《ひと》が克く其を言つて、昔話なぞを始めるものだから、さあ今の家内は面白くないと見えるんだねえ。正直御話すると、我輩も蓮華寺なぞへ彼娘を呉れたくは無かつた。然し吾家《うち》に置けば、彼娘の為にならない。第一、其では可愛さうだ。まあ、蓮華寺では非常に欲《ほし》がるし、奥様も子は無し、それに他の土地とは違つて寺院《てら》を第一とする飯山ではあり、するところからして、お志保を手放して遣つたやうな訳さ。』
聞けば聞くほど、丑松は気の毒に成つて来た。成程《なるほど》、左様《さう》言はれて見れば、落魄《らくはく》の画像《ゑすがた》其儘《そのまゝ》の様子のうちにも、どうやら武士らしい威厳を具へて居るやうに思はるゝ。
『丁度、それは彼娘の十三の時。』と敬之進は附和《つけた》して言つた。
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