すツと》だぞい――ちよツ、何処へでも勝手に行つて了へ、其様《そん》な根性《こんじやう》の奴は最早《もう》母さんの子ぢやねえから。』
斯う言つて、袋の中に残る冷《つめた》い焼餅《おやき》らしいものを取出して、細君は三人の児に分けて呉れた。
『母さん、俺《おん》にも。』とお作は手を出した。
『何だ、お前は。自分で取つて食つて置き乍ら。』
『母さん、もう一つお呉《くん》な。』と省吾は訴へるやうに、『進には二つ呉れて、私《わし》には一つしか呉ねえだもの。』
『お前は兄さんぢやねえか。』
『進には彼様《あん》な大いのを呉れて。』
『嫌なら、廃《よ》しな、さあ返しな――機嫌|克《よ》くして母さんの呉れるものを貰つた例《ためし》はねえ。』
進は一つ頬張り乍ら、軈《やが》て一つの焼餅《おやき》を見せびらかすやうにして、『省吾の馬鹿――やい、やい。』と呼んだ。省吾は忌々敷《いま/\しい》といふ様子。いきなり駈寄つて、弟の頭を握拳《にぎりこぶし》で打つ。弟も利かない気。兄の耳の辺《あたり》を打ち返した。二人の兄弟は怒の為に身を忘れて、互に肩を聳して、丁度|野獣《けもの》のやうに格闘《あらそひ》を始める
前へ
次へ
全486ページ中77ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング