労《つかれ》が出て、『藁によ』に倚凭《よりかゝ》つたまゝ寝て了つた。
(三)
ふと眼を覚まして四辺《そこいら》を見廻した時は、暮色が最早《もう》迫つて来た。向ふの田の中の畦道《あぜみち》を帰つて行く人々も見える。荒くれた男女の農夫は幾群か丑松の側《わき》を通り抜けた。鍬《くは》を担いで行くものもあり、俵を背負つて行くものもあり、中には乳呑児《ちのみご》を抱擁《だきかゝ》へ乍ら足早に家路をさして急ぐのもあつた。秋の一日《ひとひ》の烈しい労働は漸《やうや》く終を告げたのである。
まだ働いて居るものもあつた。敬之進の家族も急いで働いて居た。音作は腰を曲《こゞ》め、足に力を入れ、重い俵《たはら》を家の方へ運んで行く。後には女二人と省吾ばかり残つて、籾《もみ》を振《ふる》つたり、それを俵へ詰めたりして居た。急に『かあさん、かあさん。』と呼ぶ声が起る。見れば省吾の弟、泣いて反返《そりかへ》る児を背負《おぶ》ひ乍ら、一人の妹を連れて母親の方へ駈寄つた。『おゝ、おゝ。』と細君は抱取つて、乳房を出して銜《くは》へさせて、
『進や。父さんは何してるか、お前《めへ》知らねえかや。』
『
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