日を送る女といふものは僕も初めて見た。』
『外にはどんな人が居るのかい。』斯う銀之助は尋ねた。
『子坊主が一人。下女。それに庄太といふ寺男。ホラ、君等の入つて来た時、庭を掃いて居た男があつたらう。彼《あれ》が左様《さう》だあね。誰も彼男《あのをとこ》を庄太と言ふものは無い――皆《みん》な「庄馬鹿」と言つてる。日に五度《ごたび》づつ、払暁《あけがた》、朝八時、十二時、入相《いりあひ》、夜の十時、これだけの鐘を撞《つ》くのが彼男《あのをとこ》の勤務《つとめ》なんださうだ。』
『それから、あの何は。住職は。』とまた銀之助が聞いた。
『住職は今留守さ。』
 斯う丑松は見たり聞いたりしたことを取交ぜて話したのであつた。終《しまひ》に、敬之進の娘で、是寺へ貰はれて来て居るといふ、そのお志保の話も出た。
『へえ、風間さんの娘なんですか。』と文平は巻煙草の灰を落し乍ら言つた。『此頃《こなひだ》一度校友会に出て来た――ホラ、あの人でせう?』
『さう/\。』と丑松も思出したやうに、『たしか僕等の来る前の年に卒業して出た人です。土屋君、左様《さう》だつたねえ。』
『たしか左様だ。』

       (四)

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