》したのである。
其時まで、丑松は細君に話したいと思ふことがあつて、其を言ふ機会も無く躊躇《ちうちよ》して居たのであるが、斯うして酒が始つて見ると、何時《いつ》是地主が帰つて行くか解らない。御相伴《おしやうばん》に一つ、と差される盃を辞退して、ついと炉辺を離れた。表の入口のところへ省吾を呼んで、物の蔭に佇立《たゝず》み乍ら、袂から取出したのは例の紙の袋に入れた金である。丑松は斯う言つた。後刻《あと》で斯の金を敬之進に渡して呉れ。それから家の事情で退校させるといふ敬之進の話もあつたが、月謝や何かは斯中《このなか》から出して、是非今迄通りに学校へ通はせて貰ふやうに。『いゝかい、君、解つたかい。』と添加《つけた》して、それを省吾の手に握らせるのであつた。
『まあ、君は何といふ冷い手をしてゐるだらう。』
斯う言ひ乍ら、丑松は少年の手を堅く握り締めた。熟《じつ》と其の邪気《あどけ》ない顔付を眺めた時は、あのお志保の涙に霑《ぬ》れた清《すゞ》しい眸《ひとみ》を思出さずに居られなかつたのである。
(五)
敬之進の家を出て帰つて行く道すがら、すくなくも丑松はお志保の為に尽したこ
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