新しい出版物は皆な青年の身をあやまる原因《もと》なんです。その為に畸形《かたは》の人間が出来て見たり、狂見《きちがひみ》たやうな男が飛出したりする。あゝ、あゝ、今の青年の思想ばかりは奈何《どう》しても吾儕《われ/\》に解りません。』
(三)
不図応接室の戸を叩《たゝ》く音がした。急に二人は口を噤《つぐ》んだ。復《ま》た叩く。『お入り』と声をかけて、校長は倚子《いす》を離れた。郡視学も振返つて、戸を開けに行く校長の後姿を眺め乍ら、誰、町会議員からの使ででもあるか、斯う考へて、入つて来る人の様子を見ると――思ひの外な一人の教師、つゞいてあらはれたのが丑松であつた。校長は思はず郡視学と顔を見合せたのである。
『校長先生、何か御用談中ぢや有ませんか。』
と丑松は尋ねた。校長は一寸|微笑《ほゝゑ》んで、
『いえ、なに、別に用談でも有ません――今二人で御噂をして居たところです。』
『実はこの風間さんですが、是非郡視学さんに御目に懸つて、直接に御願ひしたいことがあるさうですから。』
斯《か》う言つて、丑松は一緒に来た同僚を薦《すゝ》めるやうにした。
風間|敬之進《けいのしん
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