場へ行つて催促して来て呉れないか。金銭《おかね》を受取つたら直に持つて来て呉れ――皆さんも御待兼だ。』
 斯う命じて置いて、校長は応接室の戸を開けて入つた。見れば郡視学は巻煙草を燻《ふか》し乍ら、独りで新聞を読み耽《ふけ》つて居る。『失礼しました。』と声を掛けて、其側《そのわき》へ自分の椅子を擦寄せた。
『見たまへ、まあ斯《この》信濃毎日を。』と郡視学は馴々敷《なれ/\しく》、『君が金牌を授与されたといふことから、教育者の亀鑑だといふこと迄、委敷《くはしく》書いて有ますよ。表彰文は全部。それに、履歴までも。』
『いや、今度の受賞は大変な評判になつて了ひました。』と校長も喜ばしさうに、『何処へ行つても直に其話が出る。実に意外な人迄知つて居て、祝つて呉れるやうな訳で。』
『結構です。』
『これといふのも貴方《あなた》の御骨折から――』
『まあ其は言はずに置いて貰ひませう。』と郡視学は対手の言葉を遮《さへぎ》つた。『御互様のことですからな。はゝゝゝゝ。しかし吾党の中から受賞者を出したのは名誉さ。君の御喜悦《およろこび》も御察し申す。』
『勝野君も非常に喜んで呉れましてね。』
『甥《をひ》がで
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