日を見るやら、草鞋《わらぢ》の用意をして呉れるやら、握飯《むすび》は三つも有れば沢山だといふものを五つも造《こしら》へて、竹の皮に包んで、別に瓜の味噌漬《みそづけ》を添へて呉れた。お妻の父親《おやぢ》もわざわざやつて来て、炉辺《ろばた》での昔語。煤《すゝ》けた古壁に懸かる例の『山猫』を見るにつけても、亡《な》くなつた老牧夫の噂《うはさ》は尽きなかつた。叔母が汲んで出す別離《わかれ》の茶――其色も濃く香も好いのを飲下した時は、どんなにか丑松も暖い血縁《みうち》のなさけを感じたらう。道祖神の立つ故郷《ふるさと》の出口迄叔父に見送られて出た。
 其日は灰色の雲が低く集つて、荒寥《くわうれう》とした小県《ちひさがた》の谷間《たにあひ》を一層|暗欝《あんうつ》にして見せた。烏帽子《ゑぼし》一帯の山脈も隠れて見えなかつた。父の墓のある西乃入の沢あたりは、あるひは最早《もう》雪が来て居たらう。昨日一日の凩《こがらし》で、急に枯々な木立も目につき、梢《こずゑ》も坊主になり、何となく野山の景色が寂しく冬らしくなつた。長い、長い、考へても淹悶《うんざり》するやうな信州の冬が、到頭《たうとう》やつて来た。人
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