へて居るのは不思議で――
 あゝ、穢多の悲嘆《なげき》といふことさへ無くば、是程《これほど》深く人懐しい思も起らなかつたであらう。是程深く若い生命《いのち》を惜むといふ気にも成らなかつたであらう。是程深く人の世の歓楽《たのしみ》を慕ひあこがれて、多くの青年が感ずることを二倍にも三倍にもして感ずるやうな、其様《そん》な切なさは知らなかつたであらう。あやしい運命に妨《さまた》げられゝば妨げられる程、余計に丑松の胸は溢《あふ》れるやうに感ぜられた。左様《さう》だ――あのお妻は自分の素性を知らなかつたからこそ、昔一緒にこの林檎畠を彷徨《さまよ》つて、蜜のやうな言葉を取交しもしたのである。誰が卑賤《いや》しい穢多の子と知つて、其|朱唇《くちびる》で笑つて見せるものが有らう。もしも自分のことが世に知れたら――斯ういふことは考へて見たばかりでも、実に悲しい、腹立たしい。懐しさは苦しさに交つて、丑松の心を掻乱すやうにした。
 思ひ耽《ふけ》つて樹の下を歩いて居ると、急に鶏の声が起つて、森閑《しんかん》とした畠の空気に響き渡つた。
『姉よりも宜敷《よろしく》。』
 ともう一度繰返して、それから丑松は斯《
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