やがて他《わき》を向いて意味も無く笑ふのであつた。
『あ、ちよと、瀬川君、飯山の御住処《おところ》を伺つて置きませう。』斯う蓮太郎は尋ねた。
『飯山は愛宕町《あたごまち》の蓮華寺といふところへ引越しました。』と丑松は答へる。
『蓮華寺?』
『下水内郡飯山町蓮華寺方――それで分ります。』
『むゝ、左様《さう》ですか。それから、是《これ》はまあ是限《これぎ》りの御話ですが――』と蓮太郎は微笑《ほゝゑ》んで、『ひよつとすると、僕も君の方まで出掛けて行くかも知れません。』
『飯山へ?』丑松の目は急に輝いた。
『はあ――尤《もつと》も、佐久小県の地方を廻つて、一旦長野へ引揚げて、それからのことですから、まだ奈何《どう》なるか解りませんがね、若《も》し飯山へ出掛けるやうでしたら是非|御訪《おたづ》ねしませう。』
 其時、汽笛の音が起つた。見れば直江津の方角から、長い列車が黒烟《くろけぶり》を揚げて進んで来た。顔も衣服《きもの》も垢染《あかじ》み汚れた駅夫の群は忙しさうに駈けて歩く。やがて駅長もあらはれた。汽車はもう人々の前に停つた。多くの乗客はいづれも窓に倚凭《よりかゝ》つて眺める。細君も、弁護士
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