衝《つ》いて春の潮のやうに湧き上る。穢多としての悲しい絶望、愛といふ楽しい思想《かんがへ》、そんなこんなが一緒に交つて、若い生命《いのち》を一層《ひとしほ》美しくして見せた。終《しまひ》には、あの蓮華寺のお志保のことまでも思ひやつた。活々とした情の為に燃え乍ら、丑松は蓮太郎の旅舎《やどや》を指して急いだのである。

       (二)

 御泊宿、吉田屋、と軒行燈《のきあんどん》に記してあるは、流石《さすが》に古い街道の名残《なごり》。諸国商人の往来もすくなく、昔の宿はいづれも農家となつて、今はこの根津村に二三軒しか旅籠屋《はたごや》らしいものが残つて居ない。吉田屋は其一つ、兎角《とかく》商売も休み勝ち、客間で秋蚕《しうこ》飼ふ程の時世と変りはてた。とは言ひ乍ら、寂《さび》れた中にも風情《ふぜい》のあるは田舎《ゐなか》の古い旅舎《やどや》で、門口に豆を乾並べ、庭では鶏も鳴き、水を舁《かつ》いで風呂場へ通ふ男の腰付もをかしいもの。炉《ろ》で焚《た》く『ぼや』の火は盛んに燃え上つて、無邪気な笑声が其|周囲《まはり》に起るのであつた。
『左様《さう》だ――例のことを話さう。』
 と丑松は自
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