は一緒に根津の旅舎《やどや》の方へ出掛けて行つた。道々丑松は話しかけて、正直なところを言はう/\として見た。それを言つたら、自分の真情が深く先輩の心に通ずるであらう、自分は一層《もつと》先輩に親むことが出来るであらう、斯う考へて、其を言はうとして、言ひ得ないで、時々立止つては溜息を吐くのであつた。秘密――生死《いきしに》にも関はる真実《ほんたう》の秘密――仮令《たとひ》先方《さき》が同じ素性であるとは言ひ乍ら、奈何《どう》して左様《さう》容易《たやす》く告白《うちあ》けることが出来よう。言はうとしては躊躇《ちうちよ》した。躊躇しては自分で自分を責めた。丑松は心の内部《なか》で、懼《おそ》れたり、迷つたり、悶えたりしたのである。
 軈《やが》て二人は根津の西町の町はづれへ出た。石地蔵の佇立《たゝず》むあたりは、向町《むかひまち》――所謂《いはゆる》穢多町で、草葺《くさぶき》の屋造《やね》が日あたりの好い傾斜に添ふて不規則に並んで居る。中にも人目を引く城のやうな一郭《ひとかまへ》、白壁高く日に輝くは、例の六左衛門の住家《すみか》と知れた。農業と麻裏製造《あさうらづくり》とは、斯《こ》の部落
前へ 次へ
全486ページ中175ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング